人工呼吸器が枯渇した時にどうするか

東京ベイ浦安市川医療センターの則末先生と平岡先生が中心となって出された研究の紹介です。

人工呼吸器が枯渇した時にどうするかを考えた日本の研究です。

医療従事者と非医療従事者が50%ずつのアンケートから結果が出ています。

トリアージが容認されると答えた人が96%、先着順の賛成は30%にとどまりました。

これが答えではなく議論のきっかけになればありがたいとのことでした。ぜひご覧ください。

救命に必要な医療資源が枯渇した場合について議論するために

2020年の新型コロナによる第一波以来、人工呼吸器、集中治療のベッド、集中治療のための人員など、救命のために不可欠な医療資源が枯渇した場合についての国民レベルでの議論の材料を提供するために、当院が中心となって進めてきた調査プロジェクトの結果がCHEST誌に掲載されました。

「命の選別」という言葉がマスコミ上で使われていますが、例えば人工呼吸器が枯渇した場合に現場の医療従事者はどの様な判断をすれば良いのでしょうか?判断をしないこと自体が一つの判断となり、その結果と責任が医療従事者に降りかかってきます。

例えばコロナに関わらず何らかの理由による呼吸不全で18歳の患者が人工呼吸器なしでは死亡してしまう状況で、隣のベッドに人工呼吸器による治療を継続しているにも関わらず救命出来る可能性が極めて低い85歳の患者さんがいたとします。

「命は誰にとっても平等」、「人工呼吸器を止めることは殺人である」という価値観の下に、その85歳の患者さんの人工呼吸器を止めるという判断をしないということは、つまり「先着順」という配分原則に基づいて18歳の患者を救命しないという判断となり、その結果には責任が伴います。

良く知られている、重症度に応じて色分けする災害時のトリアージ方法は、あくまでも「出来るだけ効率的、効果的に治療と救命を行う」ための原則であり、医療資源が社会的に不足している場合に「誰かを救命するために誰かの救命をあきらめる」というトリアージ原則とは本質的に異なります。

救命に不可欠な医療資源が不足している状況下では、どの様な判断をしたとしても現場の医療従事者には多大な精神的負担が生じます。第一波のときのイタリアでは、他の患者を助けるために、医師達が泣きながら予後の悪い患者の人工呼吸器を外している状況が配信され、世界中で問題の深刻さが認識されるとともに、医療現場(ましてや患者や家族)に判断を丸投げするわけではなく、行政が責任を持ってトリアージの指針を作成することの重要性が再確認されました。

しかし、海外で受け入れられているトリアージの原則が日本でそのまま使用できるとは限りません。

なぜなら、生命、社会などについての倫理観は文化的背景で異なる可能性があるからです。海外で考えられたトリアージ原則は日本でも使用できるのでしょうか?

ご興味がある方は、無料でダウンロード出来ますので、是非とも目を通して頂ければ幸いです。「背景」と「議論」の部分を読むだけでも全体像がつかめると思います。

DEFINE_ME

まだPre-proofバージョンの間はsupplemental material(補足資料)はダウンロード出来ませんので、正式バージョンをお待ち下さい。また、大まかな日本語訳も作成しましたので、こちらからダウンロード出来ます。

救命に必要な医療資源が枯渇した場合について議論するために - 日本語訳

この論文は、何らかの方針を主張する声明文ではなく、あくまでも学術論文です。議論の材料として使用していただければ幸いです。内容について、著者の返答を必要とするような質問やコメントなどは、CHEST誌にLetter to editorとして投稿をお願いします。なお、救命に不可欠な医療資源の配分についてのトリアージ原則の適用を考慮するのは、治療を受けられる施設への患者の転送など、全ての患者に対し、救命のための最大限の努力をした上でもその医療資源が不足している状況においてのみであるという事は全世界の共通認識です。集中治療部門 呼吸器内科 則末泰博総合内科 平岡栄治

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